2014年09月14日

あれから30年

今日のニュースで「長野県西部地震」から30年と報じられたのを見て、胸が締め付けられる様な記憶が蘇ってきた。

昭和59年9月14日に木曽御嶽山の麓を震源地として発生した長野県西部地震により、御嶽山の上部が大きく崩壊し、その土砂が土石流となり猛スピードで谷を流れた。
土石流は谷の川沿いにあった濁川(にごりがわ)温泉(※)の一軒宿を襲い、宿を経営されていたご家族4人が行方不明となり、濁川温泉が跡形も無くなってしまうと言う出来事があった。

長野県西部地震が発生する1ヶ月ほど前の8月中旬に会社の同僚と御嶽山に登山し、下山後に、この濁川温泉に立ち寄っていた。
御嶽山の麓から未舗装の谷沿いの凸凹道を車で10Kmほど溯り、車を停めてから更に歩いて細い山道を10分ほど下った河原の1軒宿が濁川温泉だった。

宿では鉄分を含む茶色の露天風呂に浸り、風呂上りにはランプが吊るされた板張りの広間で寛ぎながら、河原の畑で栽培された蕎麦でうった自家製の蕎麦を頂く。
家族で経営されている小さな宿だったので、ご主人夫婦とお子さん(1歳ぐらいの娘さんと記憶しているが)、それにご主人夫婦のお母さんの4人がおられ、一緒に話などもしながら2時間ほど過ごしたと思う。

帰り際に玄関先まで見送りにこられたご主人夫婦のお母さんから、「これからどちらまで帰るのですか」と尋ねられ、「名古屋まで車で帰ります」と答えると、「気をつけて帰ってくださいね」と優しい言葉をかけて頂いた事を鮮明に憶えている。

名古屋へ帰ってから1ヶ月後に発生した長野県西部地震のニュースで、濁川温泉の経営者家族4名の方が御嶽山崩壊の土石流に巻き込まれ行方不明となった事を知る。
優しい言葉で送り出してくださったお母さん、ご主人夫婦と幼い娘さんの姿を思い出して、茫然としてしまう。

あれから30年、記憶の片隅に追いやられていた出来事だったが、今日のニュースで当時の事を思い出し、再び胸を締め付けられる様な気持ちになる。

(※)濁川(にごりがわ)温泉:木曽御嶽山の飛騨側にある濁河(にごりご)温泉とは異なる。
posted by 酔〜いどん at 23:13| Comment(7) | TrackBack(0) | 日々の記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする