2016年07月24日

順調に距離が伸び

平日の夜と週末に走る習慣が戻り、今月の走行距離は今日迄で久しぶりに150キロ前後になっていると思う。
今週末も、涼しさに助けられてスポ文公園を気持ちよく走り距離を伸ばす。

まだ関東地方の梅雨は明けていないが、ジョギングコース沿いの向日葵が咲き揃って夏らしい景色を楽しませてくれる。

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ところで、先週金曜日から配信されている「ポケモンGO」。
スポ文公園内にもポケモンが出没(?)している様で、昨日・今日とスマホを片手にポケモンを探し回っていると思われる人の姿を見かける。
連日、ニュースやワイドショーでとりあげられたことで評判に拍車がかかり、異例のブームになっている。
ラジオから、「郷に入れば郷にしたがえ」をもじって「GOが出ればGOに従え」と言ったフレーズも流れていたぐらいだから、ウンチクを言う前に先ずはダウンロードしてみるかな。
posted by 酔〜いどん at 17:25| Comment(2) | TrackBack(0) | ランニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

真田丸I 忍城跡

前回の鉢形城と同じく北条氏の支城で、豊臣秀吉の小田原攻めの際に、石田三成が率いる2万を超える大軍と水攻めに遭いながらも小田原城降伏まで籠城で耐えきった忍城。
小説や映画「のぼうの城」の舞台にもなった城だが、真田氏ともゆかりがある。

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忍城攻めには真田昌幸・信繁親子も豊臣軍として参戦し「持田口」の攻撃を任されたとされている。この「持田口」の攻防戦には忍城方から城主成田氏長の娘甲斐姫も参戦し、真田軍を相手に戦っている。
(後に大阪夏の陣では、豊臣方になっていた甲斐姫は真田信繁と共に大阪城を守ったと言った説もある様だ)

忍城跡は以前に数回訪れていることもあり、今回は連休で遊びに来ていた娘夫婦と「古代蓮公園」へ蓮を見に行ったに帰りに、復元された「御三階櫓」の外観だけを案内する。
その代わりと言うわけではないが、古代蓮公園で行われていたイベントに出演していた「忍城おもてなし甲冑隊」(※)の演舞を楽しんでくる。

(※)忍城おもてなし甲冑隊
のぼうの城で描かれた城代成田長親、甲斐姫や忍城攻めの際に活躍した成田家の武将に扮して演舞パフォーマンスを披露し、行田市と忍城のPR活動を行っているチーム。

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posted by 酔〜いどん at 13:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月03日

真田丸H 鉢形城跡

宇都宮城を舞台にした宇都宮仕置きから1ヶ月余り溯るが、豊臣秀吉の小田原攻めの際に前田利家・上杉景勝・真田昌幸等の軍に包囲され籠城の後に6月14に開城したのが鉢形城。
今週末はこの鉢形城跡を訪れる。

秩父鉄道の寄居駅南口から歩くこと10数分で、荒川の対岸に鉢形城跡が見えてくる。

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鉢形城攻めの際に真田昌幸は荒川の対岸に布陣したとされていることから、写真と同じ景色を眺めていたのではないかと想像してみる。
鉢形城は、この荒川と深沢川に挟まれた断崖絶壁の上に城の中心部が築かれていたとのこと。

城跡は平成9年から13年にかけて行われた発掘調査の成果をもとに、復元整備が行われたと市のホームページに紹介されているだけのことはあり、広大な敷地の随所に土塁・堀や門等が当時のままの様に再現されている。

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笹曲輪・本曲輪・二の曲輪・三の曲輪・外曲輪等と1キロ余りを歩き、深沢川の対岸にある鉢形城歴史館に立ち寄る。
展示室はそれほど広くないが、鉢形城の歴史を時代毎に解説する複数台のモニターや城郭のジオラマと連動したスクリーンで鉢形城のバーチャルツアーを体験出来るコーナー等が常設されており、親しみ易い工夫が凝らされている。

歴史館を出た後は外曲輪の土塁に沿って笹曲輪に戻り、荒川に架かる昌喜橋を渡り寄居駅まで歩く。

先週訪れた宇都宮城跡は、城跡が市民の憩いの場にもなる様に復元整備(公園整備)された感じを受けたが、鉢形城跡は、発掘調査を基に広大な敷地全体を当時の姿に復元することを目的に整備されている感があり見応えがあった。

posted by 酔〜いどん at 19:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする