2017年04月23日

奥の細道を辿るA 越谷〜幸手

第2回目は、越谷〜幸手までの約25キロを歩く。

前回のゴールJR武蔵野線「南越谷駅」を午前8時にスタート。
旧日光街道の県道49号線を暫く北上し、途中の分岐点から左の県道325号線を進み越谷市街地に入る。旧家に越谷宿の面影を残す通りを抜けて元荒川を渡ると北越谷。
北越谷駅前を過ぎた付近で左手に元荒川の堤防が見えてくる。

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元荒川は名前の通り元は荒川の本流だったが、1629年(寛永6年)に現在の熊谷市久下で荒川を堰き止めて流れを入間川方面に変える工事が行われたことから、今は元荒川と呼ばれている。
この川の起点が熊谷市ということもあり親しみを感じる。

旧国道4号線と合流した旧街道を春日部市へ向かうと、旧街道が再び春日部市街へ分岐する三叉路に東陽寺が現れる。
東陽寺は、深川を出発した芭蕉と曽良の第一日目の宿泊地とも言われおり、境内には曽良の旅日記の一文「廿七日夜 カスカベニ泊マル 江戸ヨリ九里余」が刻まれた碑が建てられている。

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春日部市は旧粕壁宿があった地で、旧街道沿いの随所に宿場町散策コースの標識が立てられており、昔の面影を残す建物には案内板が掲げられている。

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写真は旧街道の道標で「東江戸、西南いわつき」と刻まれており、裏側を見ると天保五年の文字が読めることから、その当時に建てられたと思われる。

再び旧国道4号線と合流し国道16号線を越えると、左手に見える山門(仁王門)に目が留まる。
入口の案内板に、寺の名が小淵山観音院で芭蕉の句碑や七体の円空仏があると書かれている。
仁王門をくぐり境内に入ると芭蕉の有名な句「ものいえば 唇さむし 秋の風」が刻まれた碑がある。
本堂と境内にある「役ノ行者神変大菩薩(えのぎょうじゃじんべんだいぼさつ)」に賽銭をあげてお参りし観音院をあとにする。
※帰宅後に市のホームページ等で詳しく確認すると、円空仏は県の博物館に寄託されており、観音院で行われる円空仏祭に公開されているとのこと。また、芭蕉は粕壁宿ではこの寺に宿泊したとも伝えられている。

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暫くは旧国道4号線をひたすら歩き、分岐点から県道373号線に入り旧杉戸宿を通過する。
旧杉戸宿の外れにある宝性院前の案内地図を見ると、大落古利根川岸近くに芭蕉句碑があることが分かりここにも立ち寄る。
岩を積み上げ富士山を模した富士浅間神社に埋め込まれた自然石の句碑には「八九間 空で雨ふる 柳哉」と刻まれている。

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旧杉戸宿をあとにして更に北上し、脚も疲れたてきた頃に旧幸手宿に到着。
今回は東武日光線の「幸手駅」をゴールとする。


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2017年04月18日

色とりどり

数日前のローカルニュースか天気予報だったと思うが、深谷グリーンパークのチューリップが紹介されていたことを思い出し、買い物に出掛けたついでに立ち寄り観賞。

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posted by 酔〜いどん at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

赤城南面千本桜

以前から話に聞いていた赤城南面千本桜をカミさんと初めて見に行く。
日本さくらの会「さくら名所100選の地」に選ばれているとのことで、ここ数日が満開の様相。
桜並木のトンネルを歩き、広場から眺める桜と菜の花と芝桜のコラボレーションを堪能する。

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2017年04月10日

真田丸P 松代城跡

大河ドラマの進行に合わせて昨年から真田丸ゆかりの地を巡ってきたが、未だ行っていなかった松代城跡を長野旅行の途中で訪れる。

大阪夏の陣で真田信繁(幸村)が討死した後、上田城より移封された兄真田信之が藩主として入城し、以降は明治維新まで真田氏が松代藩を治めている。
大河ドラマの最終回では、番組の最後に「幕末まで続いた松代藩が徳川幕府を倒すきっかけをつくった佐久間象山を生み出すことになる」といった因縁めいたナレーションが入り番組が終了した。

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城跡に隣接する駐車場に車を停めて本丸跡に入り、北不明門をくぐり石垣の外に出て城跡を散策する。
天守閣は無いものの、当時から残る一部の石垣に櫓門や堀、木橋、石垣等が復元整備されており、案内板の解説を読みながら城郭をイメージする。

城跡に続いて、真田家ゆかりの武具や古文書等が展示されている「真田宝物館」と9代藩主・真田幸教により建てられた「真田邸」を訪れる。
「真田邸」ではボランティアガイドの方に案内をお願いして、丁寧な説明を受けながら様々な工夫が凝らされた各部屋や綺麗に手入れされた庭園をじっくりと見学する。

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これで一年余りかけた真田氏ゆかりの地巡りにピリオドを打つことが出来た。
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2017年04月03日

奥の細道を辿る @ 深川〜越谷

「月日は百台の過客にして、行きかふ年も・・・・」で始まる松尾芭蕉の奥の細道、中学か高校の授業で暗記をさせられたおかげで「・・・・春たてる霞の空に、白河の関超えんと」までは、今でもそらんじて言える。

以前より松尾芭蕉が歩いた奥の細道を辿ってみたいとおぼろげながら考えていたが、44年間の会社務めを終え時間に余裕が出来たことから、全行程(約2,400キロメートル)は無理でも先ずは年内に白河(福島県)までの約330キロメートルを目標に辿ることにした。

第一歩となる昨日は、深川〜越谷までの約25キロを歩く。

なるべく行程に余裕をもたせる為に、早朝に自宅を出て地下鉄の門前仲町駅に午前8時に到着。駅から深川にある「採茶庵」跡を目指す。
「採茶庵」は芭蕉が奥の細道の旅の出発点にした場所で、旅姿の芭蕉像が濡れ縁に腰を掛けている。
自分の一歩もここから始まると思うと身が引き締まる。

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採茶庵の周辺には、「芭蕉記念館」「芭蕉庵史跡展望台」と言った芭蕉ゆかりの場所がある。
開館(園)時間前なので入ることは出来ないが、以前に隅田川をマラニックで遡上した時に立ち寄り見学しているので今回はパスで良しとする。
第一次「芭蕉庵」があった跡地の稲荷神社に参拝し、隅田川河畔に出る。

芭蕉は深川から船に乗り隅田川を千住まで溯ったが、この時間は水上バスも運航していないことから川沿いに遊歩道を言問橋まで歩き、旧日光街道に出て千住大橋を目指す。

千住大橋を渡るといよいよ芭蕉が歩いた足跡を辿ることになる。
最初に通過するのが旧日光街道の千住宿、旧街道沿いに様々な店が軒を連ねる商店街が宿場町の賑わいを残している。
テレビのぶらり散歩旅にでも登場しそうな雰囲気の商店街を通り抜ける途中、朝が早く小腹も空いたことから、だんご屋さんで磯部団子を一串買って店先で立ち食いさせて頂く。

千住新橋を渡り足立区を北上し埼玉県に入り、谷塚を通過すると旧日光街道の2番目の宿場町「草加」に入る。
芭蕉はここでも足跡を残し、奥の細道に「その日やうやう草加といふ宿にたどり着きにけり」と記している(実際に芭蕉が初日の宿にしたのは、その先の粕壁(春日部)と言われているが)。

草加には旧日光街道沿いに松並木を再現した草加松原遊歩道が整備されており、1.5キロメートルに亘る遊歩道沿いに松尾芭蕉像や奥の細道にちなんだ記念碑等が建てられている。

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草加から越谷方面を目指し、旧日光街道沿いに唯一残っている一里塚「蒲生の一里塚」を見ながら歩を進め、JR武蔵野線の南越谷駅にたどり着く。
交通の便を考えてこの日は南越谷駅をゴールとする。

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posted by 酔〜いどん at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする