2016年08月11日

真田丸J 出浦渕

前回のドラマでは、真田昌幸から徳川家康暗殺の依頼を受けた忍びの出浦昌相が、家康の部屋の天井裏に潜み暗殺の機会をうかがうも気づかれてしまい、本田忠勝との一騎打ちの末、瀕死の重傷を負い真田屋敷に担ぎ込まれることになる。

真田昌幸との会話が出浦昌相の最期を予感させ、生死のほどが気懸りな場面だった。
史実では、出浦昌相は関ケ原の戦いの後も生存し78歳で亡くなったとされていることもあり、ドラマでも再び登場するのか興味を誘う。

その出浦昌相は岩櫃城の最後の城代を務めており、その当時の屋敷跡が「出浦渕」と呼ばれ今も残っている。
4月に岩櫃城跡を訪れた際の記事でも少し触れているが、岩櫃山の麓を通る「真田道」と呼ばれる街道沿いにある。当時の痕跡は残っていないが、整地された一画に屋敷があったことを示す案内板が立てられている。

P1060212.JPG

posted by 酔〜いどん at 15:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
真田丸〜
秀吉が亡くなり、いよいよ核心部に入りましたね。
楽しみに見ています。
Posted by やまとそば at 2016年08月12日 20:22
そうですね。
秀吉が亡くなり、これからがドラマのタイトルにもなっている「真田丸」に向かっての核心部ですね。
史実の結末はわかっていても展開が楽しみです。


Posted by 酔〜いどん at 2016年08月14日 21:18
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